予算100億の「メモ帳」
2005年05月20日 inuro

縦割りの弊害の本質は「最終的なスループットが目的として共有されない」という点にあると思う。

で、他部署から責任を追及されないように自分の部署の業務内容を「閉じて」完璧にしようとするわけで、膨大な予算をかけて作り上げた箸にも棒にもかからないしょーもない製品の売上がちっとも伸びない中

「ウチは確かにバグを1つも見落とさなかった。完璧に動作するものが出荷できた」
「開発はきっちり予算内で終わらせた。仕様通りに作りあげた」
「売れるところにはきっちり売った。そもそも売れないものをこれ以上どうやって売れというのか」

等々の「俺は悪くない」論が溢れかえることになるわけですね。

営利企業としてはある製品を出す目的の本質は「利益を出すこと」であるわけで、
・利益を出すためにはユーザに金を払ってもらわないといけない
→ユーザに金を払ってもらうためには金を払っても良いと思わせるものを提供しないといけない
→「ユーザにとって良いものを作る」という目的を最大限に効率よく実現する方法を模索しなければいけない
わけですよ。システムそのものを機能させることが目的ではないし、目的を見てないシステムでも機能させていればそれなりの効果は上がるなんてのも幻想。100億かけてメモ帳を再生産しても誰も喜ばない。賽の河原で石を積むのは死んだ後で十分ではなかろうか。

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